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死後の世界「あの世」とはどういうものなのか?

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死後の世界「あの世」とはどういうものなのか?

カテゴリー: 生活・医療・健康
更新日時: 2016年08月29日

1:2016/08/27(土) 07:17:45.25 ID:
死んだ後、人はどこへゆくのか──人類にとって「あの世」は常に興味・関心の的であり、宗教も、科学も、その問いに答えを出そうとしてきた。「あの世」について学ぶことで、生きることも、そして死ぬことも、きっと少しだけ楽になるからだ。

実は「あの世」にまつわる言説の多くについても、取材を進めると「生きていく中での苦悩」や「死への恐怖」を和らげる意味を持つことがわかってきた。

臨済宗の僧侶で作家の玄侑宗久氏によれば、日本人が「死」の概念を持つようになったのは、仏教伝来以降のことだという。

「『万葉集』や『古事記』などには『死ぬ』という言葉はなく、『避(さ)る』という言葉を使っています。“どこかに行く”というイメージで、『死』とはちょっと違うでしょう。6世紀半ばに仏教が火葬の風習とともに入ってきて初めて、“体が灰になる=死”という概念に触れたように思います。ポイントは、当初日本に伝来した仏教は、中国で『輪廻』の概念を外されたものだったことです」

「輪廻」は、死んでもこの世のどこかで次の生が始まるという概念だ。だから体を取っておく必要がなく、火葬しても構わないことになる。後に、輪廻の考え方も日本に伝わることになるが、当初は伝来の過程で輪廻という概念が外れ、火葬という形だけが残っていたという。つまり「次の生に対する保証が何もないのに、体は燃やされてしまう」(玄侑氏)ことになったのだ。

「このため、平安初期の説話集『日本霊異記』などを読むと、『頼むから9日間は燃やさないでくれ』とか『腐敗が進んで諦めがつくまでそのまま置いておいてくれ』という貴族がいっぱいいたんです。そういう状況下に、救世主のように現われたのが浄土教でした」(玄侑氏)

浄土教では死ぬことは「往生」、すなわち浄土に「往って生きる」ことを意味する。

「この考えは、『万葉集』や『古事記』の『避る』という表現にピッタリと合う。『ああ、死んでも大丈夫なんだ』と人々が思ったことで、浄土教は燎原の火の勢いで広がっていったんです」(同前)

死後どうなるかという“ビジョン”が人々を救ったという解説だ。さらに玄侑氏は「あの世」という表現が定着していることにも着目する。

「『あの世』という言葉は仏教用語ではありません。日本人にとっての死後の世界は、どうも“昔いた懐かしい場所”という感覚のようなんです。『あの世』といった時に、誰も『どの世?』とは聞かないでしょう? 『あ~、あれね』という暗黙の了解が前提にある気がします。浄土教における浄土は“十万億土の彼方”といわれますが、日本人にとっては“身近な自然の奥のほう”というようなイメージが形づくられてきたのではないでしょうか」

※週刊ポスト2016年9月2日号

http://www.news-postseven.com/archives/20160826_440576.html 

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137:2016/08/27(土) 10:07:05.27 ID:
>>1
人間は死ぬと、生前の行いが霊界の入り口で審査され、清い行いに終始し勲章までもらった人は
一番明るい最上階の天上界に、ほどほど善行を積んだ人は、ほどほどな明るい場所に
普通の人は普通の場所に、ちょっと悪いことをした人は、ちょっと暗い場所に、
自殺とか悪行の限りを尽くした人は、真っ黒な地獄のような場所に転送されるらしい。
144:2016/08/27(土) 10:34:04.83 ID:
>>1
死後の世界、輪廻という考えは、
死への恐怖を緩和する為のもの。
実際には死後の世界、魂、輪廻などない。
364:2016/08/27(土) 17:54:48.90 ID:
>>1
無になるだけ
当然記憶もないし天国だの地獄なども存在しない
輪廻転生とかもない
11:2016/08/27(土) 07:26:12.84 ID:
あの世とか坊主の勝手な妄想だぞ!
15:2016/08/27(土) 07:31:32.61 ID:
葬式仏教とバカにするが、動物は葬式などしない。
葬式で個人を悼むことが人間であるしょうこだよ。
あの世バンザイ。
17:2016/08/27(土) 07:35:12.46 ID:
>>15
古代エジプトではヌコもミイラにされてたけど
18:2016/08/27(土) 07:37:44.19 ID:
>>17
猫のミイラ作ったのは人間でしょ。
41:2016/08/27(土) 07:58:42.18 ID:
スーパーマーケットで大量に並べられて売られている
魚や鶏や牛の死肉片を買いあさっていると
死後の世界なんかどうでもよくなるよな
46:2016/08/27(土) 08:01:04.72 ID:
>>41
もしかしたらもっと美味しい肉があるかもしれない
最高の食材を求めてあの世に旅立とう!
50:2016/08/27(土) 08:02:00.95 ID:
>>46
成仏すると肉に執着なくなるらしいよ
64:2016/08/27(土) 08:27:23.41 ID:
葬式とか墓とか、湿気とかカビとか虫とか雑草とかのイメージで陰気くさくてかなわん
さっと消滅したい
誰のことも思わず自分が居たことも思って欲しくない
67:2016/08/27(土) 08:32:40.44 ID:
自分が骨になった姿をジロジロ見られて箸でつっつかれたら自尊心が完全に崩壊する
自分の心を最後まで自分だけのものにしたいから瞬間消滅を切望する
69:2016/08/27(土) 08:34:01.77 ID:
神も死語の世界も霊界も霊魂もありません
「人生は魂の修行、辛い苦しい方が良い」これは嘘です
支配者が神や霊を騙り、奴隷をこきつかう為の常套句です
何万年もこれで嘘を吐き戦争虐殺を繰り返してきました
そもそも誰も苦しむ必要なんてないんです
73:2016/08/27(土) 08:37:14.91 ID:
あるわけないわな。
そもそも、存在が認められてないんだからあると信じるヤツが不思議。
いや、まあ信じたいなら信じてもいいけど、
正直、口裂け女信じてる奴とか、火星にタコ型宇宙人がいると信じているヤツと同レベルだと思うわ。
81:2016/08/27(土) 08:49:32.47 ID:
釈迦が弟子?に説法したじゃん
「あの世が何かを考える必要ない」
釈迦は神じゃないし、普通の人間でしたから言うことはまともですね
94:2016/08/27(土) 09:00:55.79 ID:
>>81
原始佛教って、多分凄まじくつまんないぞ
様式化もされてないし、単なる哲学みたいなもんかも
84:2016/08/27(土) 08:52:26.59 ID:
自分、時々明晰夢見たり幽体離脱っぽいこと起こるんだが
もしかして幽界霊界とかあるのか?と錯覚するよね、人によっては
単に脳内の出来事なんだけど
91:2016/08/27(土) 08:57:50.93 ID:
>>84
並行世界があるとすれば、君は同時にほかの
可能性の世界にも生きている

こちら側で睡眠中は、意識が弱くなるので
別の君の意識のほうが活性化する
これが夢だ
89:2016/08/27(土) 08:56:19.40 ID:
死後の世界があるかないかは確かめようがないし、あると信じるもないと考えるも個人の自由だが、
少なくとも「死後の世界は、このようなものですよ」という説明をする人がいたら、それは全部デマということだ。
117:2016/08/27(土) 09:28:30.85 ID:
研究する余地はあるが、やるだけ時間の無駄って気がする
他にやること山ほどあるじゃん、それやれよ
120:2016/08/27(土) 09:35:11.08 ID:
>>117
たいがいそうですけどね
ただ、家族や親しい人の死によって
心に深い傷を負った人などには

決して無駄な研究にはならないでしょう
148:2016/08/27(土) 10:38:55.87 ID:
日本古来の死生観だと、死後は山の神になるんだろ?  
なまはげとか正月神も山の神で、なまはげ膳、おせち料理は、山の神=先祖霊をもてなすためだろ?




男鹿のなまはげ

「泣ぐ子いねが。怠け者いねが。言うごど聞がね子どらいねが。親の面倒見悪り嫁いねが。ウォーウォー」。
主人「ナマハゲさん、まんず座って酒っこ飲んでくにんしょ」


家の主人は、なまはげをひたすら低姿勢で迎える。
あいさつを交わした後、主人は、来訪をねぎらい、酒をすすめ、「なまはげ膳」と呼ばれる料理でもてなす。


ナマハゲ「親父、今年の作なんとであった」。
主人「お陰でいい作であったすでば」。
ナマハゲ「んだか。まだいい作なるよう拝んでいくがらな」。
主人「子どら皆まじめに勉強してるが」。
主人「おらいの子どら、まじめで、親の言うごどよぐ聞ぐいい子だから」・・・などとなまはげ問答が続く。

なまはげは、「どらどら、本当だが。ナマハゲの帳面見てみるが。
何々、テレビばがり見で何も勉強さねし、手伝いもさねて書いであるど。」といいながら、またまた家中を暴れ回り子どもを訓戒する。
最後に親父に向かって、なまはげは、一年中神社の大木の穴の中にいるから、もしそのような子供がいたら手を三回叩いてくれ、そうするとすぐにやって来ると告げる。

主人「ナマハゲさん、まんず、この餅っこで御免してくなんしょ(下さい)」と言いながら「なまはげ餅」を献上する。
なまはげは、「親父、子どもらのしづけ(しつけ)がりっと(ちゃんと)して、家の者皆まめ(健康)でれよ。来年まだ来るがらな」と言って、入って来たところから去って行った。

http://www.akita-gt.org/study/bunka/namahage.html
156:2016/08/27(土) 10:46:12.65 ID:
>>148
古墳時代の道教の名残じゃないかな
道教だと仙人になって桃源郷で『歳を取らずに永遠に生きる』ことになってる
日本書記でもスサノオは歳を取らずに常世の国にいる
151:2016/08/27(土) 10:40:59.39 ID:
このスレみてると「あの世なんか無いという人ほど死ぬときに取り乱す」というけど
特にそういうソースも印象も無いのが現実

あの世がある、と言う人はそうやって根拠も無い妄想を信じ込む傾向があるのも、一つの現実
(もしくは、願望と現実の区別がつかないか)
152:2016/08/27(土) 10:42:13.82 ID:
>>151
病院やホームに勤めてればわかる
155:2016/08/27(土) 10:45:18.25 ID:
>>152
うん。だから、勤めてるんだよ。
157:2016/08/27(土) 10:47:40.55 ID:
>>155
そうなんだ。そんでそういう印象も無いんだ。そういうもんなのか。
168:2016/08/27(土) 10:59:55.39 ID:
>>157
死ぬってのは理不尽なことだし、不安と恐怖と色々あるからしょうがない。
そういう時に死を受け入れられる人なんて、死にたい人かよっぽど人生達観した人くらいじゃないか。

まあ、最近は死ぬ前に色んな処置がされるから、
取り乱そうにも取り乱せないというのが現実だけど。
自分の意思を口にしながら死んでいける人の方が少数だね。
死ぬ前って色々大変な状態になってるわけだから。

むしろ死後の世界は生きている人間のためにあるんだろうな、と思わされることの方が多いね。
成仏してね、とかあの世では好きなだけ○○してね、とか思うのは残された生者のほうで
死ぬほうは「よーし。死んだらあの世で○○するぞ!」なんて思わんからな。
171:2016/08/27(土) 11:05:03.73 ID:
>>168
成仏してね、と言い方も考えようによっては無責任と言うかいかがなものかと思う
166:2016/08/27(土) 10:57:02.21 ID:
>>155
自分は最期に信じてない人が迎えがくるから手を握っていて欲しいと言われたり、色々話を聞かされた経験があるから、そういうのを聞かされるような状況にあるかどうかで違う
金巻きあげるカルト宗教は嫌いだが、脳が安心できる機能としてあの世の存在は否定しない
174:2016/08/27(土) 11:08:05.80 ID:
>>166
教育による刷り込みだよ。死語は無だと知っていても、長い人生の中で見聞きした死語の世界が記憶として刷り込まれている。
その死を目前にした人がその刷り込みによる強迫観念から考えを翻したり、「もしかして死語の世界はあるかも」と言う精神状態にもなるでしょ。
でもそれは生きている間に起こる精神状態の変化であって、死後の世界を見ているわけではないんだよ。
刷り込みとは強力な洗脳でね、死後の世界は無い、神などいない、死ねば無になると知っている俺でも墓参りはするし神社で参拝もする。悪いことをすればバチが当たると思うし、土地の神様だと母親に教えられたヘビを殺すことは生涯無い。
不思議だな人間の精神世界って。
159:2016/08/27(土) 10:50:19.02 ID:
>>152
難しい問題だね。
事前に、「あなたは死後の世界の存在を信じますか」といったアンケートをとって、その結果を個人別に保存しておく。
その人が何年後かに「あなたの命はあと何か月」と宣告されたときにどういう態度をとったかをビデオ記録。
(もちろん、事故や急病や病気の急激な悪化による死亡の場合は、態度が記録できない)
両者を突き合せて、統計的に検討。
この研究は、実行が困難そうだね。実際にした例もないと思う。
ということで、「あの世がないという人は死ぬ時に取り乱す」はある人の単なる印象であり、根拠はないと考えてよさそう。
154:2016/08/27(土) 10:43:54.13 ID:
あの世なんてないし
地球外生物も存在しないよ
178:2016/08/27(土) 11:12:40.77 ID:
>>154
いやいや、地球外生命体は存在するどしょ。
それぞれ未だに恒星間飛行が出来ないと思うけど。
180:2016/08/27(土) 11:15:11.56 ID:
>>178
俺は人間原理宇宙論を信奉してるので
いないと思ってるよ
182:2016/08/27(土) 11:17:01.77 ID:
>>180
人間原理と地球外生命の存在は矛盾しないぞ
186:2016/08/27(土) 11:19:21.73 ID:
>>182
まあ、そうなんだけどね
185:2016/08/27(土) 11:18:42.13 ID:
>>180
確率として、地球で起こったことは
他の場所でも起きうるからね。
177:2016/08/27(土) 11:12:21.62 ID:
おとといのNHKドキュメンタリーで臨終介護士みたいな特集あったな
末期がんを宣告されてやはりパニック起こしてたけど
最後の最後に夢に阿弥陀如来とお釈迦様が出てきたらしい
最期はありがとうと感謝して手を合わせて安らかに息を引き取ったとか
183:2016/08/27(土) 11:18:21.84 ID:
>>177
阿弥陀如来や釈迦は日本人には記憶にあるものだよね。その夢はその人が創り出した夢に過ぎないよ。
死を目前にした自分を落ち着かせるために、脳が防衛本能的に記憶を繋ぎ合せて創り出したような夢。
190:2016/08/27(土) 11:21:37.26 ID:
>>183
その番組の方も
あなたのように神も仏も信じていない
家には仏壇もないとおっしゃってました
198:2016/08/27(土) 11:28:49.33 ID:
>>190
臨終介護士じゃなく、臨床宗教師だと思う
たまたま一部みてたけど
「仏壇はないけど、病気になった時は勝手なもので神さま仏さまってなる」と事前に言っていたから
死ぬ前の夢に阿弥陀様が出てきても不思議は無い、と思った
202:2016/08/27(土) 11:31:56.22 ID:
>>198
そうそう
臨床宗教士だった

その方は末期がんにいざ自分がなってみてはじめて神様仏様と思い始めたとおっしゃってましたから
それまではみんなと変わらず無宗教で家には仏壇もありませんとおっしゃってました
188:2016/08/27(土) 11:21:15.81 ID:
日本の森と神さま:日本人と森

日本の民俗宗教には、八百万、と言われる程多種多様な神さまがいますが、それは、古代より日本人が山や海や木や岩など、身近な自然物のすべて、森羅万象を信仰の対象としてきたことと関係します。

また、古代の日本では、世界は人々が毎日を暮らす現実世界「ウツシヨ」と、永遠に変わらない、神や死者の世界「トコヨ」で成っていると考えられていました。

興味深いことに「トコヨ」「あの世」は山の彼方や、海の彼方などにあるとされていて、大きな自然を「人知を越える境界」として怖れ敬っていた、と想像することができます。

古い日本の神道では、山や森を神が宿ったり降臨したりする場所としてまつってきました。これが山岳信仰です

神が「鎮座する」または「隠れ住まう」山や森の神域をさす言葉に「カムナビ」という言葉があります。



カムナビには、「この世」と「あの世」の境界や、人が踏み込んではならない結界という意味もあり、古くからの自然をそのままにに残す役割も果たしてきました。

日本各地の農村部では、春になると山の神が里に降りて田の神となり、秋の収穫を終えると山に帰るという信仰があります。
一方、猟師・木樵・炭焼きなどを生業とする山の民の場合、山の神は仕事の場である山を守護する神で、農民の田の神とはちがって常にその山にいるとされます。
そして山の神は禁忌に厳しいとされ、例えば祭の日は山に入ることが禁止されています。

死者の魂(祖霊)は山の上の彼方から「トコヨ」に行ってしまうと信じられていたことから、山や森を死者の霊の集まる異界や、その境界と位置づけることもあります。

また、「常夜」と書く場合のトコヨは、暗い闇に閉ざされた黄泉の国や地獄を表すとされたので、山や森のそうした「異界」には、禍や災厄をもたらす恐ろしいものが現れるという伝承もたくさん残っています。

山や森に棲む妖怪の代表的なものとしては、大江山の酒呑童子のような鬼、山の支配者である天狗、人をとって食うという山姥、とてつもない巨人のダイダラボッチ、
山の上から長い手足を伸ばして海を行く船や麓の村人をとって食う手長足長、人の心を見抜いて言い当てるサトリ(覚)などがあります。

ダイダラボッチ 

山姥

手長足長


八百万の神の国・日本では、神さまから妖怪まで、その形はさまざまですが、わたしたち日本人は、山や森そのものや、森の奥に住む存在を常に身近に感じて、崇拝したり畏れたりしてきたことがよくわかります。
そしてこのような深い精神的な結びつきこそが、山や森が日本人の心のふるさとの一つであり、文化的な豊かさの根っこであることを感じさせてくれるのです。

http://watashinomori.jp/study/basic_02-3.html
191:2016/08/27(土) 11:22:06.07 ID:
妄想に逃げてるだけという点ではコミケと変わらん
192:2016/08/27(土) 11:24:17.17 ID:
だけど臨終間際にようやく仏を信じるようになるというのも
人間の悲しい性を感じるなぁ
そういうのはちゃんと幼児教育から身に付けて人生を宗教心とともに強く逞しく生き抜いていかなくちゃいけないのにな
199:2016/08/27(土) 11:28:55.30 ID:
>>192
俺だって死ぬときは、子供に
先に行ってるけど、俺の年までに
死んだら、向こうでも説教するぞと
言うと思う。
俺は、困ったときの神頼みっていう
日本人のおおらかさが好きだな。
敬虔なんてアホっぽい。
206:2016/08/27(土) 11:34:12.06 ID:
>>199
日本人には浄土真宗、浄土宗の門徒や檀信徒やキリスト教の信者など大勢おられます
困ったときの神頼みがどういうものであるのか?理解されてると思います
193:2016/08/27(土) 11:24:45.28 ID:
死んだカーチャンや爺ちゃん婆ちゃんが生きてたあの頃に戻りたい・・・
200:2016/08/27(土) 11:30:02.56 ID:
>>193
戻れないから生きてる間に大事にするのさ。
203:2016/08/27(土) 11:32:49.18 ID:
>>200
いいこと言うねぇ。
これからも欠かさず供養するわ。  



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